▼作品について

-2024について
「天国」と「地獄」を描いた絵画は、東西問わず、社会や表現が変遷して形を変えながらも存在し、いつの時代も人々の興味を惹きつける。
ミケランジェロの最後の審判や、ヒエロニムス・ボッスの快楽の園のような天国と地獄を描いた絵画たちは図式的な様式の絵画であるが、それらは宗教画としての役割を果たしてきただけではなく、より身近な日常生活における精神の構造を表現した絵画としても重要な側面があるのではないだろうか。
いつの時代も、人々はそれぞれの単位で心に地獄と天国を抱えている。
苦しい状況にいるときはそこから抜け出すために快適な環境や理想的な世界を夢見て、逆に幸せな時には苦しみが訪れることを想像して不安に陥ることもある。
このような精神的な状況を表す言葉として、以下、自身の絵画を説明する際「天国」と「地獄」の二つの言葉を用いる。
そのような人間の精神の葛藤やその揺らぎについて、身近な日常生活における精神の構造を「天国」と「地獄」という尺度として表し、それをもとに分類を行いながら、過去すでに表現されてきた主題のある絵画やモチーフに着目する。
多用されている金やボッティチェリ風の横顔は「天国」を連想させる一つの要素であり、一方で人間が九相図のごとく倒れていたり、争い合ったり、埋葬する様子は「地獄」を連想させる一つの要素として用いている。またそのような主題に対してどのような絵の具の塗り方、描写ができるかについての模索を行ってきた。
これまでの精緻な描写も一つの要素として用いながら、一つの画面の中で精緻に書き込むところ、線描として描き実体がないように描いたり、半透明に透け感を意識して描いたり、ドローイングで描いた抽象的な表現を絵画に取り込むなど、一つの絵画の中で様々な描き方をおこなっている。また、消した上から描く、表面を削ったり、またこれまで使用していたテンペラによる混合技法を引き続き使用し、テンペラと油絵の具を不透明と透明と交互に重ねる行為をすることによって複雑なレイヤーを生み出すことを試みた。それは、自身が考えていること、意図することを限りなく描き方に反映させる方法の模索であり、これらは、先人の表現方法の再解釈に留まらず、私の過去作品に見られる数多くの表現方法を統合するための道でもある。
-2023.12 について
-2024で前述した「天国」と「地獄」が色彩としてどのように表現できるかを中心に模索した。
多くが大作のためのピースとなっており、特にドローイングに影響された抽象的な筆致は《Nothinglasts forever》に色濃く受け継がれている。
また《影のある人》に見られるような黒い人物像や《Blessing/ideal#1.2.3》に存在する古典を連想させる人物像、そして《apartof dog/Ego》での犬は大作にも登場している。
-2023.07について
不安を「天国」色で表現することを模索した作品群である。
「天国」を連想させる金を意識させる色彩を中心に、全体として暖かみのある色調を用いている。
図像は視線の交錯、どこかへ向かう異形の生き物の中に佇みこちらを見る少女、見られているが視線を返すことのない少女など、劇的な場面ではなく曖昧で地味な仕草であり、
自身の日常生活で感じる些細な違和感に起因していることばかりである。それらは「居心地の悪さ」、「心の違和感」、「はっきりとした理由のない不安」、「何かが迫り来るような不穏さ」、「視線による抑圧や監視」を感じさせる。
このような図像と金を思わせる色彩の関係性、つまり前述した図像の「不安さ」を天国色によってコーティングすることは、不安を誤魔化すことや、幸せな空間と自身の内面とのギャップによる心
の場違いさを表すための表現につながる。
そしてそれを元に考えれば、金色を用いる理由は単に天国色を表現するためだけではなく、金色という華々しい色彩と素材の強さによって、決して明るくはない精神との乖離を際立たせる手段になるのではないだろうか。
また、この時期から現在につながる主題と描写の一致についての本格的な模索が始まった。
線描や透け感、消した上から描く、表面を削る、テンペラと油絵の具を不透明と透明と交互に重ねる行為ことにより複雑なレイヤーを作ることを意識し始めた。
-2023.04について
ユディトやサロメ、メドゥーサなど女性と生首に関わる物語の人間の残酷さと物悲しさに着目し、それと同時に謎めいた「断面」についても興味を持ち始めた。
これは生首にのみ留まらず、《The Entombment of Ego》では虫の集った切り株として登場している。
そして主題を描くにあたって古典の西洋絵画を引用し、また主題と技法のマッチングを試みるため、テンペラを使い始めた。
-2023.02について
民話や神話を引用し、その中で登場人物が抱える強い緊張感や不安に着目し、図像としてどのように表現できるかを模索した。
寓意的なモチーフも用いながら、人物も含めた強い存在感を持つモチーフを描くにつれ筆致はより描写的で精緻なものになり、絵の具の載せ方も画面全体を均一に覆うものになった。
そのことにより、埋葬に見られるようなモチーフや図像としての「隠す」でなはく、技法・描き方としての「隠す」という描き方を模索することにつながった。
-2022.07について
物語の断片的な要素のみを使用し、寓意画などに表れる図像に 存在する一般的な意味や独自に創作したモチーフを用い、コラージュに近い絵画の構成を行い始めた。
「彼岸」と「此岸」を連想させる情景を意識しながら、そのどちらにいるのかわからない精神の不安定さを表現しようとした。
-2022について
2022年の作品では、『最後の審判』における三連祭壇画の形式を用い、「天国」と「地獄」に振り分けられる情景に準えて自身の家族についての絵画を描いた。
2021年の作品では、筒井康隆の小説『家族八景』における「亡母渇仰」という物語をもとに、亡くなった母を弔うという情景の中で人の感情が交錯するシーンに着目して制作した。
2020年の作品では、人間の苦しみや狂気に着目し、実際に自宅の角に同じ情景を作り、それを元に描き起こした。この時期から薄塗りを重ね透明感をもった画面を作ることを意識していた。